光子数密度で捉える太陽光スペクトルと赤色光の重要性
Revealing the Red Hotspot: Converting the Solar Spectrum to Photon Flux Highlights the Importance of >600 nm Light
Abstract: Converting solar spectral irradiance into photon flux (photons m⁻² s⁻¹ nm⁻¹) reveals that red light (λ > 600 nm) dominates photon availability. Plants exploit this rich red region for photosynthesis. We discuss the significance of this conversion, its impact on theoretical solar-to-hydrogen efficiency, and how to perform photon flux calculations using NREL’s AM1.5 data.
序論
太陽光エネルギーを効率的に利用することは、再生可能エネルギー研究における重要課題です。特に水の光分解による水素製造などでは、できるだけ多くの波長範囲の太陽光を活用する必要があります。しかし一般的な半導体光触媒材料(例:TiO₂)は紫外光にしか応答せず、太陽光スペクトル中のごく一部(全体エネルギーの数%)しか利用できません。その結果、現状の太陽光エネルギー変換効率は0.1%程度と低く抑えられており、可視光を利用して効率を高めることが大きな研究目標となっています。では、なぜ可視光の利用拡大がそれほど重要なのでしょうか? 本記事では、この問いに答えるために太陽光スペクトルの縦軸をエネルギー密度(W m⁻² nm⁻¹)から光子数密度(photons m⁻² s⁻¹ nm⁻¹)に変換する意義を考えます。光子数の視点でスペクトルを見ることで、600 nmを超える赤色光の領域がエネルギー捕集のホットスポットであることが浮かび上がります。さらに、この赤色領域を植物が光合成でいかに巧みに利用しているかを確認し、人類が太陽光を利用する上での示唆を探ります。また、京都大学の阿部竜教授による考察をもとに、AM1.5G太陽光スペクトルを光子数密度で表した場合の理論的変換効率について議論し、その計算式を再確認します。加えて、NREL(米国再生可能エネルギー研究所)が公開する標準太陽光データAM1.5を用いたExcelによる光子数変換方法とグラフ作成手順を紹介し、読者が自分で分析できるようテンプレートファイルへのリンクも示します。途中で「W m⁻² nm⁻¹」という単位に「/nm」が含まれる理由(分光分布を表すため)や、NRELデータ中の「ET」「DN」「GT」スペクトルの違いと光触媒評価にGTを用いるべき理由についても解説します。
背景:太陽光スペクトルと光子数の視点
太陽光スペクトルは地上に到達する太陽放射の波長ごとの強度分布を表します。標準的なAM1.5太陽光スペクトルでは、地表で得られる総放射照度は約1000 W/m²(100 mW/cm²)に規格化されています。これは大気外(AM0)の約1366 W/m²に比べ、地球大気による減衰を受けた値です。太陽光スペクトルデータは通常、波長ごとの放射強度(スペクトル分布)としてW m⁻² nm⁻¹の単位で与えられます。ここで「/nm」を含むのは「波長1 nmあたりの面積当たり放射エネルギー」を意味し、スペクトル密度を表現するためです。例えば500 nm付近で1.3 W/m²/nmという値であれば、「500 nm付近の1 nm幅の波長帯に1 m²あたり1.3 Wのエネルギーが降り注いでいる」ことを示しています。
太陽光のエネルギー分布は可視光(約400–700 nm)付近にピークがあります。しかし、エネルギーの分布と光子数の分布は必ずしも同じではありません。光の粒である光子は、短波長ほど1個あたりのエネルギーが大きく、長波長ほどエネルギーが小さいため、同じエネルギーであれば長波長側の方がより多くの「数」の光子を含みます。したがって、スペクトルを「光子数密度」で見直すと、長波長側の寄与が相対的に大きくなります。特に赤色光(約600 nm以上)の波長域は、エネルギーベースで見た場合以上に豊富な光子が含まれる重要領域であることがわかります。
この点は植物の光合成を考えると興味深い示唆を与えます。植物は太陽光からエネルギーを獲得するために可視光、とりわけ赤色と青色の光を効率的に利用しています。光合成の主色素であるクロロフィルa・bは可視光の両端である赤 (~660–680 nm) と青 (~430 nm) に強い吸収ピークを持ち、緑色光をあまり利用しません。さらに、酸素発生型光合成ではPSI(P700)とPSII(P680)という2つの光吸収装置があり、それぞれ約700 nmと680 nm付近の赤色光を効率よく吸収するよう最適化されています。つまり、自然界の光エネルギー変換は、太陽光スペクトル中で光子数の多い赤色域を中心に設計されていると言えます。これは600 nm以上の光が「ホットスポット」として機能していることを示唆し、私たちが人工的に太陽光を利用する際にも示唆を与えてくれます。
理論:エネルギー密度から光子数密度への変換
では、実際に太陽光スペクトルを光子数の分布に変換すると、どのような特徴が見えてくるのでしょうか。そのためには、各波長における放射エネルギーを「光子数」に換算する必要があります。
上には、スペクトル放射照度を光子フラックス(=光子数密度)に変換する式を示しました。この計算により、各波長帯に何個の光子が含まれているかを求めることができます。結果を見やすくするため、光子数をモル換算することもよく行われます。1 モルは6.02×1023個の粒子に相当するため、光子数をこの数で割るだけです。
図1 AM1.5G太陽光スペクトルを光子数密度(μmol m⁻² s⁻¹ nm⁻¹)に変換した例。可視光領域(約400–700 nm)が曲線下で色付けされている。 図1から、可視光全域にわたって光子数密度が高いことが読み取れます。特に赤色側の長波長域(600 nm以上)にも依然として豊富な光子が含まれており、この範囲が太陽エネルギー捕集の「ホットスポット」となります。これはエネルギー密度スペクトルでピークを示す波長(緑~黄の500 nm付近)よりも長波長側に、光子数の観点で重要な領域がシフトしていることを意味します。言い換えれば、波長600–800 nm付近の赤~近赤外光は、各光子あたりのエネルギーこそ低いものの、数が非常に多いため無視できない寄与を持つのです。
手法:NREL AM1.5データを用いた光子数変換とExcelプロット
上記の変換計算は、手計算では煩雑ですがExcel等を用いれば簡単に実施できます。ここではNREL(米国NREL研究所)提供のAM1.5標準太陽光スペクトルデータを用いて、エネルギー密度スペクトルを光子数密度スペクトルに変換し、図を作成する手順を説明します。読者が自身で追試できるよう、必要な数式や操作手順を整理します(本記事ではテンプレートExcelファイル「Photon_Flux_Converter.xlsx」へのリンクを共有します)。
データの入手: NRELのウェブサイトから標準太陽光スペクトルAM1.5のデータを入手します。“Reference Air Mass 1.5 Spectra (ASTM G-173-03)” の「Data Files」→「spreadsheet」をクリックすると Excel 版が直接取得できます。ASTM G-173-03として知られるこのデータセットには、波長毎のスペクトル照度が含まれています。データには「Extraterrestrial (ET)」「Direct Normal (DN)」「Global Tilt (GT)」の3種類がありますが、光触媒評価には通常「Global Tilt (37°傾斜面の全球日射)」を使用します。AM1.5 Globalは地上の傾斜面で受ける直接+散乱光のスペクトルで、積分強度は1000 W/m²に規定されています。一方、Direct Normalは太陽直達光のみ(周辺のわずかな日輪成分含む)で積分強度約900 W/m²、Extraterrestrialは大気外太陽光(AM0)で1366 W/m²です。一般的な光触媒実験では試料は固定された平板であり天空光も利用するため、太陽電池と同様にGTスペクトルを用いるのが適切です。
Excelへのデータ入力: 入手したスペクトルデータをExcelシートに貼り付けます。波長λ(nm)と対応する**Global Tiltの放射照度 I(λ) (W m⁻² nm⁻¹)**の列を用意します。例えば、NREL提供のExcelではA列に波長(nm)、E列にGlobal Tiltの値が入っています。
光子数密度への換算計算: 隣の列に光子数密度Φ(λ)を計算する数式を入力します。単位に注意が必要です。λはm単位に変換(例えば500 nmは5.00×10-7 m)し、hとcはSI単位系の値を用います。また、結果をμmol単位にするには適宜定数(6.02×1017)で割ります。具体的には、Excelのセルに例えば:
= E2 * (A2*1E-9) / (6.626E-34 * 3.0E8) / 6.022E17
といった式を入力すれば、A列の波長とE列の放射照度から、その行の光子数密度(μmol m⁻² s⁻¹ nm⁻¹)が計算されます。各行についてこの計算をコピーします。グラフの作成: 計算で得られた光子数密度スペクトルを可視化します。Excelのグラフ機能で、横軸を波長(nm)、縦軸を光子数密度(μmol m⁻² s⁻¹ nm⁻¹)として折れ線グラフを作成します。可視光の範囲(約400–700 nm)を視覚的に示すため、その部分だけ曲線下を着色すると下のような見やすいグラフになります。
注:このグラフの形、阿部先生のグラフと形が違いますよね。おそらく元データの違いと思いますが、こちらの元データはNRELの最新版なので、おそらくこっちを使うほうが良いかな?と考えています。
考察:赤色域の重要性と理論変換効率の向上
光子数密度スペクトルにより、太陽光中のどの波長帯にどれだけ多くの光子が存在するかが明確になりました。特に600 nm以上の赤〜近赤外領域に豊富な光子が含まれることは、太陽エネルギー利用の戦略に大きな影響を与えます。半導体光触媒や太陽電池の材料開発では、短波長の光だけでなくできるだけ長波長側の光子も吸収できることが理論上の高効率化に直結するからです。たとえば、紫外域(~400 nm以下)のみ利用する場合、太陽光中の利用可能光子はごくわずかであり、太陽エネルギー変換効率の理論限界は数%程度に留まります。しかし、可視光領域(~600 nm以下)まで利用波長を拡大すれば太陽光中の光子数が飛躍的に増加し、最大変換効率は約16%にまで大幅に向上します。京都大学の阿部 竜教授の解析によれば、これは光触媒による水分解で得られるエネルギーを考えた場合の太陽光エネルギー変換効率の上限値に相当します。言い換えると、理想的な光触媒系が可視光全域の光子を無駄なく利用できれば16%程度のエネルギーを水素に変換できることを意味します。実際には種々の損失が避けられないため、たとえ平均量子収率が30%程度でも5%前後の変換効率が期待でき、これは実用化の一つの目標になると述べられています。
この理論計算の前提となる式を再確認しておきます。光水分解反応では、水1 molを水素と酸素に分解するのに最低でも286 kJ(標準生成熱)、ギブズエネルギー換算で237 kJが必要です。1 molの光子(アボガドロ数個の光子)あたりに換算すると約118.5 kJ/mol(1.23 eV/光子)が水素1/2 mol(H₂ 11.2 Lに相当)を発生させるための必要エネルギーとなります。つまり光子1個あたり1.23 eVが最終的に化学エネルギー(H–H結合のエネルギー)に変換できる上限であり、これ以上の光子エネルギーがあっても超過分は熱などに失われます。実際の水素1 mol生成には電子2 molが必要なため光子も2 mol必要ですが、効率計算では結果的に**「吸収した光子1個あたり1.23 eVを有効活用できる」と仮定すれば十分です。すると、ある波長λ以下の光(λよりエネルギーの高い光)をすべて利用できる理想光触媒の変換効率ηmaxは次のように表せます:
ここで分子は波長λより短い光の光子数(単位時間・単位面積あたり)に1.23 eVを掛けたもの、分母は太陽光の全エネルギー(≈1000 W/m²)です。この計算により導かれるηmaxの波長依存性から可視光を十分利用できる波長(およそ600 nm台)まで拡大すると約16%に達します。逆に言えば、バンドギャップの大きな半導体(紫外しか吸収できないもの)では光子不足によりいくら内部量子効率を100%近くまで高めても数%の変換効率が理論上の上限となってしまいます。600 nmを超える長波長光の利用こそが高効率化へのカギである理由が、ここに定量的に示されたわけです。
この議論はまた、植物がなぜ可視光、とりわけ赤色光を利用する光合成システムを進化させたのかを裏付けるものでもあります。光合成では2つの光子(それぞれ約680 nmと700 nm)を順次吸収して水を分解する「Zスキーム」を採用することで、波長の長い赤色光を活用しつつ必要エネルギーを確保しています。人工光合成においても、類似の発想でタンデム型の光触媒系(2段階吸収)を用いれば、より長波長まで光を利用して理論変換効率を高めることができます。実際、可視光応答型半導体を組み合わせた2段階励起型(水–水循環型)の光分解系では、単一材料では難しい5%以上のエネルギー変換効率が報告されつつあります。
まとめ
本記事では、太陽光スペクトルを光子数密度に換算して分析する意義について詳しく解説しました。エネルギーベースでは見落としがちな赤色光領域(600 nm以上)の重要性が、光子数の視点からは明確に浮かび上がりました。太陽光中で最も多くの光子が存在するこの領域を如何に利用するかが、光エネルギー変換デバイスの効率向上に直結します。自然界の植物が赤色光を最大限に活用する光合成システムを進化させてきたのも、まさにこの理由によるものでしょう。
光子数密度スペクトルへの変換により、利用可能な光子の総量を定量評価できるため、新たな材料設計や反応評価の指針が得られます。京都大学・阿部教授の解析にも見られるように、可視光の利用拡大によって太陽光エネルギー変換効率は飛躍的に高まることが理論的に示されました。目標とすべき5–10%のエネルギー変換効率を達成するには、赤色域の光子をいかに無駄なく使うかがポイントとなります。
実務面では、NRELのAM1.5Gデータと簡単な計算ツール(例えばExcel)を使って、自身の研究対象に関連する波長域の光子フラックスを算出できます。今回共有したテンプレートを活用すれば、スペクトルの可視化や特定波長範囲の光子フラックス積分も容易に行えるでしょう。例えば、ある光触媒材料のバンドギャップに対応する閾値波長より長い波長帯の光子が太陽光中にどれほど含まれるか、といった分析が定量的に可能です。
最後に、スペクトルデータの選択にも触れましたが、評価目的に応じて正しい太陽光スペクトル(AM1.5 Globalなど)を用いることが重要です。特に光触媒評価では、実際の屋外環境を模した全球日射スペクトルを使うことで、より現実的な評価が可能となります。
太陽光を「光子の束」として捉え直す視点は、光エネルギー利用研究に新たな発見と直感的な理解をもたらします。豊富な赤色光というリソースを最大限に活かすことが、次世代の高効率太陽光利用技術(人工光合成や太陽電池など)の鍵となるでしょう。今後、読者の皆さんが自身の研究において本記事の内容を役立て、斬新な発想や着眼点を得られることを願っています。