Abstract: This article introduces the synthesis of 2‑(sec‑Butyl)aniline, an ortho‑sec‑butyl substituted aniline. It reviews four routes—nitration–reduction of sec‑butylbenzene, ortho‑alkylation of aniline, directed ortho‑metalation and Ni‑catalysed cross‑coupling—highlighting conditions, yields and practical considerations. For beginners, nitration followed by reduction is the simplest and most reliable approach, while other methods require high temperatures or sensitive reagents.
はじめに:2‑(sec‑ブチル)アニリンとは
2‑(sec‑ブチル)アニリンは、アニリンのベンゼン環の2位(オルト位)に sec‑ブチル基が導入された芳香族アミンです。導電性高分子のモノマーや医薬中間体として注目されます。sec‑ブチル基は電子供与性であり求電子芳香族置換反応においてオルト/パラ指向性を示します。この特性を利用してさまざまな合成ルートが開発されています。
授業で芳香族求電子置換反応を勉強した皆さんは、この記事を読んで4つの合成法の利点・欠点を比較してみてください。
1. sec‑ブチルベンゼンのニトロ化と還元
基本的な反応概説
sec‑ブチルベンゼンを混酸(濃硝酸と濃硫酸)でニトロ化し、生成した1‑sec‑Butyl‑2‑nitrobenzeneを還元する方法は、実験室レベルで最も簡単かつ再現性の高い合成法です。この反応ではsec‑ブチル基の電子供与性によりオルト/パラ指向性が働き、立体障害のためにパラ異性体が優先して生成します。(リンク先の情報の位置選択性は間違いです)。
ニトロ化手順
混酸の調製 – 90 %硝酸と98 %硫酸を3:1程度のモル比で混合し、15–20 °Cに冷却します。これによりニトロニウムイオン (NO₂⁺) を安定に供給します。
基質の滴下 – sec‑ブチルベンゼンを10–15分かけて滴下し、温度を30 °C以下に保ちます。この間にオルトおよびパラ位への求電子攻撃が進行します。
反応の進行 – 滴下後、温度を60–65 °Cに上げて2 時間程度攪拌し反応を完了させます。
ワークアップ – 反応混合物を氷上に注いで酸を希釈し、炭酸水素ナトリウムで中和後、有機溶媒(トルエンなど)で抽出・精製します。このプロセスにより 1‑sec‑Butyl‑2‑nitrobenzene を得ることができます。
生成物の比率と収率
混酸条件ではo‑体とp‑体の混合物が得られます。オルトとパラの比率については古典的教科書でおおよそ 1:2(オルト約33 %、パラ約67 %)と記載されており、メタ体はほとんど生成しません。
上記の混酸条件のニトロ化はRead らにより1932年に報告(DOI: 10.1021/ja01342a050)されていますが、 分留で o-体 bp 123–126 °C (12 mm) と p-体 bp 142–144 °C (12 mm) を分離しています。粗生成物中の質量比から オルト体は全モノニトロ体の約 1/3 と結論しています。メタ体は検出されていません。
Olah らはニトロニウム四フルオロホウ酸塩 (NO₂BF₄) を用いることで副反応を抑え、モノニトロ体を92 %の高収率で得る方法を報告しています(DOI: 10.1073/pnas.79.14.4487)。こo/p比は混酸の場合と同程度とされています。。
還元手順
生成した1‑sec‑Butyl‑2‑nitrobenzeneのニトロ基は以下の方法でアミノ基に変換します:
触媒的水素化 – Pd/C触媒を添加し、水素ガスを室温〜50 °Cで通じるとニトロ基がアミノ基に還元されます。この方法は迅速かつ高選択的です。
金属酸還元 – Sn粉末と濃塩酸で還元する方法もあり、触媒や高価な装置が不要です。
得られた2‑(sec‑ブチル)アニリンは蒸留やカラムクロマトグラフィーで精製します。このルートは試薬が入手しやすく、特別な装置も不要なため初心者に最適です。
2. アニリンのオルトアルキル化(Friedel–Crafts型)
アニリンやオルト未置換アニリンをアルミニウムアニリド触媒とオレフィン(ブチレンなど)と反応させてオルトアルキル化する方法もあります。このプロセスではアルミニウムアニリド触媒を作り、オレフィンを300–400 °C、50–300 atmの高温・高圧下で反応させる必要があります。触媒不活性化や副生成物の除去工程も必要となり、実験室レベルでは取り扱いが困難です。また、2位と6位の両方にアルキル化が起こりやすく、単一の2‑(sec‑ブチル)アニリンを得るのは容易ではありません。
3. Directed Ortho‑Metalation (DOM)
Directed Ortho‑Metalation (DOM) は、芳香環に指向性メタレーション基 (DMG) を導入してから強塩基(n-BuLiなど)でオルト位をリチオ化し、その後sec‑ブチルハライドなどの電気求核剤と反応させる手法です。DMGはアミドやカルバメートなど強く配位する基で、オルトプロトンの酸性度を高めてリチオ化を促進します。
この方法では生成するリチウム化中間体にさまざまな電気求核剤を導入でき、立体・位置選択性が高いのが利点です。しかし、空気・水分に非常に敏感で、低温(–78 °C付近)の操作が必要です。さらに二級アルキルハライドとのカップリングは収率が低く、一般的な教育用実験には適しません。
4. ニッケル触媒還元的クロスカップリング
近年注目されているのが、2‑ブロモアニリン(保護体)とsec‑ブチルブロマイドをニッケル触媒で直接カップリングさせる還元的クロスカップリング法です。実際の反応条件は、アリールハライドとアルキルハライド(各0.75 mmol)、NiI₂·xH₂O 0.054–0.078 mmol、配位子 0.05–0.075 mmol、NaI 0.19 mmol、亜鉛粉末 1.5 mmol、溶媒にDMPU 3 mLを混合し、5–41 時間加熱するというものです。この条件下で幅広い官能基を許容し、sec‑ブチルブロミドのような二級アルキルブロミドもカップリングできます。
この方法は保護基の導入と脱保護が必要であること、オルト位に配位性官能基がある場合にヒドロ脱ハロゲン化が起こりやすいことなどから、初心者向きとは言えません。スケールアップや複雑な分子の構築では有用ですが、習得には熟練した技術が求められます。
まとめと初心者への提案
最も簡単で確実な方法は sec‑ブチルベンゼンのニトロ化と還元です。試薬の入手が容易で、反応条件も穏やかなので、初めて有機合成を行う学生に適しています。混酸法ではオルト体とパラ体の混合物が得られますが、蒸留やカラムクロマトグラフィーで分離できます。
オルトアルキル化(高温高圧)や DOM法 は、高温・高圧あるいは空気・水分に敏感な操作が必要で、初学者には適しません。特殊な条件や複雑な機器を使うため、経験を積んだあとに検討するのがよいでしょう。
ニッケル触媒クロスカップリングは現代的かつ有用な方法ですが、基質の選択や反応条件の最適化に知識と技術が必要です。先進的な研究テーマに挑戦する際に利用してください。
おわりに
2‑(sec‑ブチル)アニリンの合成には複数の戦略があります。大学で有機合成を始めたばかりの読者にとっては、古典的なニトロ化–還元が最も安全で信頼できる手法です。将来的には他の方法も学び、適材適所で使い分けられるようになるでしょう。
参考文献
Read, R. R.; Hewitt, C. A.; Pike, N. R. “Derivatives of Secondary Butylbenzene.” J. Am. Chem. Soc. 1932, 54, 1194–1195. DOI: 10.1021/ja01342a050 ー sec‑ブチルベンゼンのニトロ化実験を報告し、蒸留によってオルト体とパラ体を分離している。混酸ニトロ化ではオルト体が約1/3生成することが示唆されている。
Olah, G. A.; Malhotra, R.; Narang, S. C. “Recent Aspects of Nitration: New Preparative Methods and Mechanistic Studies.” Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 1982, 79, 4487–4494. DOI: 10.1073/pnas.79.14.4487 ー ニトロニウム四フルオロホウ酸塩を用いた高収率ニトロ化法を報告し、sec‑ブチルベンゼンを含むさまざまなアルキルベンゼンのモノニトロ体を高収率で得ている。
US Patent 4,219,503 (1980) – “Process for producing 2,6‑dialkylanilines.” オルトアルキル化反応を高温高圧で行うプロセスを記載している。
Organic Chemistry Portal – Directed Ortho Metalation (DOM). 解説ページでは指向性メタレーション基の役割とDOMの基本機構を説明し、強塩基によるオルトリチオ化がさまざまな電気求核剤を導入可能であることを示している。
Moir, F.; Tasker, S.; et al. “Replacing Conventional Carbon Nucleophiles with Electrophiles: Nickel‑Catalyzed Reductive Alkylation of Aryl Bromides and Chlorides.” J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 6146–6159. DOI: 10.1021/ja301769r – Ni触媒を用いた還元的クロスカップリングの詳細な基質範囲と反応条件を報告しており、アリールハライドとアルキルハライドのカップリング手法を解説している。
BenchChem – 1‑sec‑Butyl‑2‑nitrobenzene. 触媒的水素化およびSn/HClによる還元法を紹介しており、1‑sec‑Butyl‑2‑aminobenzeneへの変換が簡単に行えることを示している。