Abstract: Liquid–liquid extraction is a technique used to separate an organic compound from water by using an immiscible organic solvent (such as chloroform). This article introduces the principles of extraction, a step-by-step procedure with practical tips, and explains why performing multiple small extractions can improve the overall recovery of the target compound. Proper technique is emphasized: identifying which layer is aqueous vs. organic, safe handling of the separatory funnel (including venting to release pressure), and the correct method to remove each liquid layer without cross-contamination. The importance of multi-stage extraction is illustrated with an example, showing how partitioning of a compound between water and chloroform leads to higher yields when extractions are repeated. By following these guidelines, undergraduate chemistry students can maximize extraction efficiency while maintaining safety and good laboratory practice.
はじめに
水溶液中に目的の有機化合物が溶けているとき、それを取り出すにはどうすれば良いでしょうか? 液液抽出(分液操作)と呼ばれる基本操作を使えば、目的物を水相から有機相へと移し替えて分離・回収することができます。これは互いに混ざらない2種類の溶媒を利用する分離法です。典型的には水と有機溶媒の組み合わせが使われ、目的化合物が有機溶媒によりよく溶ける性質を利用して水から「引き離す」イメージです。例えばカフェインのように水よりクロロホルムに溶けやすい化合物であれば、水溶液からクロロホルムへの抽出に適した候補になります。分液操作では、分液漏斗というガラス器具に水相と有機相を入れてよく混合し、しばらく静置することで両相に化合物が分配されます。その後、密度差によって上下に分かれたそれぞれの液層を順次取り出します。この記事では、クロロホルムを用いた分液操作を例に、その基本原理と手順、テクニック上のコツ、そして複数回に分けて抽出する重要性までを解説します。適切な操作を身につければ、単回より高い回収率で目的物を得ることができ、安全で効率的な実験につながります。
分液抽出の原理と基本
分液抽出では「混ざり合わない二つの液体(不混和性溶媒)」を使用します。典型的には水(極性の高い溶媒)と、クロロホルムのような有機溶媒(極性が低く水と混ざらない溶媒)の組み合わせです。分液漏斗にこの二相を入れて振り混ぜると、目的化合物は両方の溶媒にそれぞれ溶け、一種の分配平衡が成立します。多くの場合、目的化合物は片方の溶媒により溶解度が高いため、そちらの層に濃縮されます。しかし完全に一方へ移動しきるわけではなく、一度の抽出ではある程度は反対側の層にも残留します。したがって一回の抽出で目的物質をすべて回収するのは難しく、複数回の抽出が有効となります。この点については後述する複数段抽出の節で詳しく説明します。
分液漏斗内では二つの溶液が混ざり合った後、静置すると重い液体が下層、軽い液体が上層に分かれます。どちらが有機層でどちらが水層かは溶媒の密度次第です。密度の高い方の溶媒が下層になります。一般にハロゲン化炭化水素系の有機溶媒(クロロホルム、ジクロロメタンなど)は水より密度が大きいため下層に、エーテルやヘキサンのような溶媒は水より軽いため上層になります。今回の例ではクロロホルムが水より重いため、有機溶媒層が下に、水層が上に分かれます。初めて扱う際は層が分かれた後にどちらが水か迷うことがありますが、簡易な見分け方として「少量の水を漏斗に加えてみて、どちらの層に加えた水滴が溶け込むか(あるいはどちらに落ちていくか)を確認する」という方法があります。水滴が馴染んだ方が水層です。このようにして各層を見極めつつ、次に説明する手順でそれぞれを分けて取り出します。
分液操作の手順とコツ
それでは、分液漏斗(ガラス製の三角フラスコ状の容器で下部に活栓=ストップコックと呼ばれる開閉バルブが付いたもの)を用いて、実際に液液抽出を行う基本的な手順を見ていきましょう。以下に、クロロホルムを使って水層から有機化合物を抽出する操作手順とポイントをまとめます。
セットアップと試料の投入: 分液漏斗は専用のクランプでリングスタンドに垂直に固定します。活栓が閉じていることを確認した上で、まず抽出したい水溶液(目的化合物を含む水相)を漏斗に注ぎ入れます。次に、抽出溶媒であるクロロホルムを所定の量だけ加えます。漏斗の容量の約半分以下になるようにし、上部に十分な空間を残しておくと後の混合操作が安全に行えます。ここで漏斗のガラス栓をしっかりと取り付けます(栓部分に液体や汚れが付いていると気密性が損なわれるので注意)。
混合(振盪)とガス抜き: 漏斗の栓を片手で押さえ、もう一方の手で活栓を支えながら、漏斗ごと上下逆さまにゆっくりと転倒(インバート)させます。そして軽く振るようにして二つの液体を混合します。強く振りすぎると乳化(境界面がぼやけて層が分離しにくくなる現象)することがあるため、最初は優しく混ぜます。混合中、揮発性の有機溶媒(クロロホルム)の蒸気や反応ガスの発生によって漏斗内の圧力が急上昇します。そこで途中で何度か漏斗内の圧力を抜いてやる必要があります。漏斗を逆さにしたまま活栓を少し開けると、内部の蒸気や気体が「シュー」と音を立てて抜けていきます(ベント操作)。このとき、噴き出す液体が自分や周囲の人に向かないよう、活栓の先を安全な方向に向けて行いましょう。何度か振盪とベントを繰り返し、もう圧力があまり上がらなくなるまで混合します。十分混ざったら、漏斗を再び垂直に戻してリングスタンドに置きます。
層の分離: 漏斗をスタンドに戻したらすぐに上部の栓を外します。栓を付けたままだと内部が密閉され真空状態になり、後で液体を抜こうとしても出てこなくなるためです(実際、栓が付いたままでは液体は流下しません)。栓を外した状態でしばらく静置すると、漏斗内で水層と有機層がくっきりと分かれてきます。今回の系では下層に有機溶媒のクロロホルム層、上層に水層が現れます。念のため層が完全に分かれるまで少し待ち、境界面がはっきり確認できるようになってから次の操作に進みます。
各層の回収: まず下層の液体(クロロホルム層)から取り出します。分液漏斗下部の活栓をゆっくり開いて下層を排出し、清潔な受け器(例えば三角フラスコ)に受け取ります。液体は重力で自然に流れ出ますが、勢いよく出しすぎると境界面付近で急に混ざることがあるので、適度な速度で制御します。境界面が漏斗の先端近くまで降りてきたら排出を止めるのがコツです。少量の下層液を漏斗内に残しておけば、誤って上層の一部まで流れ出てしまうことを防げます。続いて上層の液体(水層)を回収します。下層を抜き取った後の漏斗内には上層のみが残っているはずです。これを漏斗上部の開口部から慎重に注ぎ出し、別の容器に受け取ります。一般に、下層は下のコックから、上層は上の口から注ぐ方法が推奨されています。このようにすれば、それぞれの層を回収する際に再び二相が混ざってしまうリスクを最小限にできるからです。実際、下層だけをコックから直接抜けば、漏斗の細い管部分(ステム)には下層の液しか触れません。一方、上層は上から注げば管部分を通らずに済むため、二つの液が再接触しにくくクロスコンタミネーション(層の混ざり合い)を防止できます。
以上で二つの層が無事に分けられました。回収したそれぞれの液について、どちらがどの層かを明確にラベルしておくことも大切です(例えば「有機層(クロロホルム)」と「水層」のように容器に記載)。なお、抽出が完全に終わるまではどちらの層も絶対に捨てないでください。目的の化合物がどちらの層に入っているか最終的に確認できるまでは、誤って必要な層を廃棄してしまわないよう両方保存します。万一取り違えても捨てずに残しておけば後からリカバリー可能です。有機層と水層のどちらに目的物が含まれるかは実験の系によりますが、通常は計算上ある程度予測できるはずです。それでも万が一に備え、「確実に目的物を得るまでは廃棄しない」というのが抽出操作の鉄則です。また、有機層には微量の水分が混入しているため、必要に応じて無水硫酸ナトリウムなどの乾燥剤を加えて水分を除去しておきます。最後に有機溶媒を蒸発させれば、目的の有機化合物が分離・回収できます。
複数回抽出で回収率を上げる
一度の抽出で目的物をすべて取りきることは難しいため、実験では同じ溶媒を複数回に分けて繰り返し抽出するのが一般的です。これは、仮に総量が同じ溶媒を使う場合でも「一度でまとめて抽出するより、少量ずつ何回かに分けて抽出した方が効率よく目的物を引き出せる」ことが経験的・理論的に知られているためです。分配の原理によると、一回目の抽出後にも水層に残っていた目的物の一部を、新しい有機溶媒で再び抽出することができます。これを繰り返すことで回収率を高めることが可能です。
上図は、水溶液から密度の大きい有機溶媒(ジクロロメタン)で2回抽出する操作を模式的に示したものです。左側(First extraction)が初回の抽出で、有機層(下層)だけをフラスコに抜き取り、水層(上層)は漏斗内に残しています。右側(Second extraction)は漏斗内の水層に新たな有機溶媒を加え、再度振盪・分離した後に下層を抜き取った様子です。こうして残った水層に改めて新鮮な有機溶媒を加えることで、取り残しの目的物を追加で回収できます。実際の作業では、1回目に回収した有機層を一旦別フラスコに集め、2回目の抽出では残った水層に新しいクロロホルムを加えて同様に振盪・分離します。そして得られた2回目の有機層を先ほどのフラスコに合算します。同様に3回目も行えば、合算した有機層には3回分の抽出で得られた目的物がすべて含まれることになります。
では具体的に、何回抽出すればよいのでしょうか? 一般に2〜3回の抽出を行うと大幅に回収率が向上し、それ以上の追加抽出による効果は次第に小さくなります。あるデータでは、150 mLの有機溶媒を一度だけ用いた場合と、50 mLずつ×3回に分割して用いた場合とで回収率を比較すると、後者の方が回収できる量が明らかに多かったと報告されています。具体的には一度抽出した場合は全体の80%程度しか回収できなかったものが、同じ総量の溶媒を3回に分けて使うと合計で92%もの目的物を回収できた例があります。このように、複数回に分けて抽出操作を行うことで溶媒の抽出力を最大限に引き出すことができるのです。労力とのバランスを考慮すると、実用上は3回程度が最適な落とし所とされています。回収率をさらに上げたい場合でも、4回目以降は効果が逓減していく(増分が小さい)ため、通常は3回も抽出すれば十分でしょう。
以上、液液抽出の基本からコツ、複数回抽出の意義まで見てきました。分液操作は有機化学実験で頻出する基本操作です。慣れないうちは扱いにくいかもしれませんが、本記事で紹介したポイント(層の見極め方、正しい漏斗操作、適切な層の取り出し方、反復抽出の活用など)を押さえて練習すれば、効率良く目的化合物を分離できるようになるでしょう。
おすすめ動画(英語)
最後に、分液操作の流れを視覚的に理解するのに役立つ高品質な教育動画を紹介します。いずれも英語の解説ですが、実際の操作やアニメーションを交えて液液抽出をわかりやすく示しています(YouTubeで無料公開されています)。
A Short Liquid-Liquid Extraction Demonstration – ChemSurvivalというチャンネルによる約15分の実演動画。色素を使った分液漏斗での抽出手順が示されており、層の分離や操作のタイミングが視覚的に理解できます。基本操作のおさらいに最適です。
Liquid-Liquid Extraction – 「Professor Dave Explains」という教育チャンネルの解説動画。液液抽出の原理や具体的な手順をわかりやすく説明しており、なぜ複数回抽出が有効かといった理論面についても触れています。抽出操作の背景知識を深めるのに役立つでしょう。
これらの教材を活用しつつ、実際の実験で分液操作に慣れていってください。正しい技術と理解に基づいて行えば、液液抽出は強力な分離手段となり、多くの有機化学実験で皆さんの成功を助けてくれるはずです。楽しみながら習得していきましょう!
おまけ(分配係数を使った計算)
水層体積 Vaq、有機層体積 Vorg、分配係数 K = Corg/Caq とすると、
水相に残る化合物の割合 R は
Vaq = 100 mL、Vorg = 99 mLで1回抽出、分配係数 K = 3の場合
Vaq = 100 mL、Vorg = 33 mLで3回抽出、分配係数 K = 3の場合
つまり、同じ有機溶媒の量でも、3回に分けると、残留する目的物の量を半分にできる!